<第8章 夢の中で>

[8-3] 花のかおり

前の記事「[8-2]カーテンの向こうの世界」から続く→

布団から抜け出して、窓を開けると――
今日の空はどこまでも青く澄み渡り、一点の曇りもない。

その、信じがたいほどの青空の美しさに、私は我を忘れ見とれてしまう。


「わぁ~、すごいきれいな空!」
最近、空の美しさが、以前にも増して素晴らしい輝きを放っているようによく感じるのだが、それは私だけなのだろうか…

9月のまぶしい太陽の光が、地上世界に降り注いでいた。
その光の輝きが、以前とは全然違う。
神々しいほどに美しい――

その光が、目に見える地上のすべてのものを照らしている。
私の家のベランダにも、その光が降り注ぐ。


ベランダの向こうには、キョウチクトウの緑の生け垣がある。
隣にある大きな白いビルとの境界に植えられた生け垣が、長くどこまでも続いている。

太陽の白い光と、大きなビルが作る黒い影とが、白と黒の鮮やかなコントラストを目の前の風景に描き出している。
抜けるような青空のもとで、それはまるで完璧に調和した絵画のように映る。


生け垣のキョウチクトウは、もう秋になるというのに満開だ。
ピンクの花々が、美しく華麗に咲き誇っている。
青々と茂った葉が太陽の光を受け、つややかな命の輝きを放っていた。


ふと気づくと、キョウチクトウの甘い花のかおりが風に乗り、部屋の中にいる私のところまで漂ってきた。
「あっ、花のかおり…」

かすかな甘いにおいに、思わず顔がほころぶ。
どこか遠くから、車のエンジン音が小さく聞こえる。


平和な、一人の豊かな時間…
その瞬間に感じる、小さな何気ない幸せ。
静かな一人だけの時間の中で、自分と向き合い、対話する幸せ――

一人でいることが、こんなにも自由で豊かなのだ。


そのとき、2羽の小さな黒い野鳥が、けたたましくさえずりながら窓辺を横切って飛んでいった。
「あれは何という鳥?つがいなのだろうか?」

窓の外では、初秋の透き通った光の中で、隣のビルの黒い影が美しいシルエットを描き出している。


私の歩んできた“闇”もまた、この世界を包む光の素晴らしい美しさを、いっそう際立たせていた――

→次の記事「[8-4]光の中で」へ続く ■■ページ制作中■■ 近日アップの予定です

<第8章 夢の中で>

[8-2] カーテンの向こうの世界

前の記事「[8-1]真に大切な言葉」から続く→

なかなか寝付けなかったその夜――、過去の自分の姿が脳裏に映し出された。
まだ幼かった娘を、感情まかせに激しく怒鳴りつける、自分の姿だった…

そんな、小さな子どもの心をないがしろにしていた自分の残酷さを悔いながら、心の中で娘に詫びているうちに――
やがて私はゆっくりと、深い眠りの中に落ちていった…

~    ~    ~

……私はずいぶん前から一人で砂の上を歩いていた。

どこか見知らぬ海岸のようだ。

先ほどから砂が靴の中に入って、どうにも歩きづらい。
どうにかならないものかと思案していると、砂に埋もれたブルーのビーチサンダルを見つけた。

「この靴より、ここではこのビーチサンダルの方が歩きやすいかもしれない…」
そのブルーのビーチサンダルに手を伸ばすと、かすかな罪悪感が心をよぎる。

「誰かほかの人のものを、黙って勝手に履くなんて…」
でも、そんな気持ちを振り払い、私は自分の靴を脱ぐ。

そして砂の中からサンダルを取り出し、履いてみる。
なぜかしっくりこない…
どうにも履きづらいのだ。

私の足に合っていないというか、妙な違和感がある。
何度か脱いだり履いたりしてみたが、やはり私に合わない。

仕方なしに、またもとの自分の靴を履く。
なぜかもう、靴の中に入った砂のことなど、全く気にならなくなっていた。


ふと前方に目をやると、多くの人ごみの中に、滝本と久美子がいる――

「なんだぁ、探しちゃった。みんなあんなところにいたんだ」 私は心から安堵した。

久美子は10歳くらい。
目が驚くほどくりっとして、本当に愛らしい。
娘はこんなにも愛らしい顔立ちだったのかと、私は改めてそのとき気づいた。

私たち家族は、この町に夫の転勤で最近引っ越してきたのだと思い出した。
皆で食事に出かけるところだったのだ。
「ずいぶん探しちゃった、みんなのこと」 私は二人に言った。


人ごみの中を抜け、私たちは白いビルの中に入り、エレベーターを待っていた。
ふと見ると、1階のフロアの左側に中華レストランがあった。

「おっ、中華はどうだ?」 彼が私と久美に聞いた。
彼が食べたいものなら異存はなかった。
まだ開店前だったので、彼は店の前でメニューを広げて見ている。

「う~ん、前菜はこれで、それから…、えーと次に、これと、これと…」
そのメニューを選び続ける彼の顔が――、私が今まで一度も見たことのないほど、本当に穏やかで、優しさにあふれていた。

彼が心の底から“人生に満足している”ことが伝わってきた。
私たちへの“家族の愛”が伝わってきた。
どんなに彼が家族を大切に思っているのかが、はっきりと理解できた。

私も彼を信頼している。久美も幸せそうだ――


すると、彼の同僚らしき一人の男性が、大きな図面を脇に抱えて、私たちのところに近づいてきた。
「やぁ滝本さん!ご家族みなさんで、これからお食事ですか?」

「あぁ、これからみんなで食事だよ」 滝本が答えた。
「うらやましいですねぇ、独身の僕なんかまだ今日は仕事ですよ」
ぼやきながらそう話す同僚を、彼は静かに微笑みながら見ている。


いま私の前にいる滝本は、以前の神経質で常に緊張でピリピリして近寄りがたい彼とは、全く別の存在だった。
彼のゆったりとした余裕のある穏やと温かさの中で、私たちはいつも安心して幸せだった。

「あそうだ、滝本さん、ちょっとこれを見てくれませんか」
彼の同僚は、脇に抱えていた図面を滝本の前に大きく広げた。

これは何の図面なのだろう? 専門でない私には皆目わからない。
「なんなのかしら?」 なぜか私はちょっと気になった。
建物の設計図のようにも見えた。

白い大きな用紙には、精細な幾何学模様のようなものが描き込まれている。
「これはいったい、なんの図面?」……

~    ~    ~

そこで私は、突然目が覚めた。

もうすぐ夜が明ける時間だ。外はまだ薄暗い。
目が覚めて、ぼんやりと天井をしばらく見上げていた――

薄暗い天井の中に、夢の中の彼の穏やかな笑顔が浮かぶ。
私は、夢で見たその笑顔が消えないように、何度も何度も彼の優しさを反すうしていた。


あの彼の優しさに満ちた顔を思い出すと、私の心の中が温かくなった。
今まで感じたことのないような温かさだ。

心がほっこりとした。
心がぽかぽかした。

あんな彼を、今まで見たことはない。
あんなに優しさにあふれ、幸せそうな彼の顔を、私は見たのは初めてだった。


天井を見上げていた私の目が、うるうるとにじんできた。
言葉にできない温かな感情が、内側からじわりとあふれ出し、涙となって私の両目からこぼれた。

私は布団の中ですすり泣いた。

でもそれは、今まで慣れ親しんできた苦しみや悲しみの涙ではない。
いま、私の心の中は温かいのだ。
こんなにも心が温かいのだ。


私はうれしかった。本当にうれしかった。

これを「ただの夢」として片付けることもできた。
だけど、私にははっきりと分かったのだ。
そう確かに伝えられたのだ。
滝本は、いま幸せなのだと――

まぎれもなく、彼はあちらの世界でとても幸せなのだと、私はそう確信できた。
彼の気持ちがこもった、生き生きとしたメッセージが、今まさにこうして、私の心を温めてくれている。


あちらの世界…
それはカーテンを一枚隔てただけの世界。

その目に見えない次元のカーテンの向こう側に――、久美子、滝本、父、2年前に他界した母の連れ合いのSさんたちがいる。


この世での苦しみを全部終了して、カーテンの向こう側でいま、まぎれもなく幸せに生きている。

窮屈な肉体の重さからすべて解放され、みんな本来の姿に戻って生きている。
そう、確かに思えた――

→次の記事「[8-3]花のかおり」へ続く

<第8章 夢の中で>

[8-1] 真に大切な言葉

前の記事 第7章「[7-9]三人の魂の絆」から続く→

今夜はなぜか、なかなか寝付けない…

寝返りを打ちながら時計を見る。
針は1時を少し過ぎていた。

暗闇の中で目がさえている。
車の音が時々窓の外に聞こえていた。

早いもので、滝本のお墓参りからもう一年が過ぎようとしていた。


最近、過ぎ去った昔のことがよく思い出されるのだ。
自分の人生の場面が、頭のスクリーンに再現されるように――

この夜は、久美子の2、3歳のころの可愛い姿が頭に浮かんだ。
愛らしかったあのころの娘…
屈託のない笑い顔が今はまぶしく蘇える。

本当に2、3歳のころの娘は愛らしかった。
ふっくらとしたほっぺと、滝本に似た切れ長の目。口もとは私に似ていた。
彼女は言葉を覚えるのも早かった。


「そうだ! あぁ、そうだった… 何ということか」――
私はそのとき突然、あまりにも“大切なこと”に気づいてしまった。

かつての自分は、それが真に貴重な機会であることにほとんど気づかず、あまりにもひどい振る舞いをしていた…


久美子との幼児のころの記憶が、鮮明によみがえってきた。

何てことをしてしまったのだろう…
あのころの私は、完全に失格だ…

思い返すと、娘に対しての申し訳なさで、心がいっぱいになった――


当時、私がフリーのライターをしていた時期、いつもキッチンのテーブルの上に原稿を広げて仕事をしていた。
まだあどけなかった久美子が、一人遊びに飽きると、原稿を書いている私のところに来て、遊んでくれとせがんでくる。

書くことに没頭している私にとって、それはハッキリ言って疎ましかった。
なぜかいつも筆が乗っている最中だった。
良いアイデアと言葉が次々に浮かび、原稿がどんどん進んでいるときに限って、久美子がダダをこねた。

娘がしつこく足元にまとわり付いてくる。
自分の中の集中が娘によって乱されることにイライラする。
やっと固まりかけて形を成し始めた文脈が、久美子によってバラバラに散らされる――

私は我慢できず、そのイライラを久美子にぶつけた。
そう、私は幼いわが子を感情のままに大声で、いつもあのころ怒鳴りつけていたのだ。

「うるさい! ママは忙しいの! 静かに!」
そしてまた原稿に向かう。

それでもまだ久美子がまとわり付いてくる。

私は自分の感情をこらえきれず、椅子から立ち上がり、仁王立ちになって大声でヒステリックに怒鳴り散らす。
まだ幼い娘を上から見下げて、頭ごなしに容赦なくしかり飛ばす。

娘は泣き出す。
その娘の甲高い泣き声を聞いて、私の感情はますますエスカレートしてしまう。
手を上げることはしなかったが、感情が収まるまで娘にきつい言葉を浴びせ続けた…


あのころ私の中には、あふれるほどの“負の感情”が渦巻いていた。
いつも無理に抑え込んでいた感情のふたが、そうしたきっかけで開いてしまう。
そして、まだ幼子の娘を、大声で理不尽にしかりつけてしまっていた…

滝本がいつも私にしたように、私は抵抗できない幼児を、自分の感情のはけ口にした…


何てかわいそうなことを、私は娘にしてしまったのだろう。

こうしていま振り返れば、仕事よりもっともっと大切な、幼児期の娘との“触れ合い”を優先すべきだったと悔やまれた。
かわいい盛りの幼児期は、ほんの数年の実に短い期間なのに…

そもそもあの仕事は、私ではなくても、別の人でもできたのだ。
でも久美子の“母親”は、この世界で私しかいない。
あんな形でしか娘と向き合えなかった当時の自分が、あまりにも情けなかった。

実際には、あのとき最優先に考えていた仕事のことなど、全くどうでもいい問題だったのだ。
それよりもっともっと大切な、人生に無二の “宝”が、いつもそばに存在したのに…
あの当時の私は、久美子の心よりも、目先の仕事を仕上げることに全力を集中させよとして、娘に対してひどく腹を立てていたのだ…

何ということだろうか。私はいったい何をしていたのか…


今の私なら――
そんなとき、思いっきり彼女を抱きしめ、どんなに久美子が私にとって大切な存在かを“言葉”にして伝えるだろう。
そして、いつもいつも「久美、愛している」と、そんな言葉を娘にかけ続けるだろう。


私は久美に、今まで言葉ではっきりと「愛している」と口に出して言ったことがあっただろうか?…
あぁ、思い出せない…

そんな言葉を、口に出して言ったことはなかったかもしれない。
我が子なのだから、わざわざそんなことは言う必要もない当たり前のことだと、最初から思い込んでいた。

もし久美子が成長していく過程で、私がいつも「久美、愛しているよ」と語りかけながら育てていたとしたら――、思春期の久美子とのコミュニケーションも、もっと違っていたのかもしれない。


あのときの私には、目の前に存在する娘に伝えるべき、真に大切な“言葉”があった。
今ではもう伝えられない、あのときにしか伝えられない言葉があった。

にもかかわらず…
抱えている仕事の原稿の言葉ばかりに気を奪われて、真に大切なものが全く見えずにいたなんて…
本当に自分は何をしていたのか、その愚かしさが悔やまれてならない…


当時、私の心の中はいつも“被害者意識”でいっぱいだった。

自分の不幸に夢中だった。
滝本への不満でいっぱいだった。

自分はこの世界の中で、ずっと一方的な被害者のように思っていた。


ところが、このとき幼い久美子は、私の被害者になっていたのだ…
自分の感情を抑えきれず、頭ごなしに鬼のように怒鳴り散らす母親の被害者だ。

まだ2歳の子どもにとって、それはものすごい恐怖だったに違いない。
はかり知れないトラウマを、彼女の中に作ってしまったのだと思う…


久美子に対して申し訳なさでいっぱいになった。
私は… 何のことはない、被害者でもありそして残酷な“加害者”でもあるのだ。

当時の私が娘に対してとっていた行動は、まさに滝本が結婚生活の中で私に取り続けてきた行いと全く同じではないか――
人は誰でも被害者であり、ときには加害者でもあるのだ。


「久美あのころはごめんね…許してね…」

幼い可愛らしい久美子の顔がまた浮かんだ。
「未熟な…ママで…、ごめ…ん…ね…」


「いいんだよ、ママ」…
そんな声が聞こえたような、聞こえないような…

すると私は睡魔に襲われ、そしていつしか深い眠りに落ちていった――

→次の記事「[8-2]カーテンの向こうの世界」へ続く

<第7章 許しの光>

[7-9] 三人の魂の絆

前の記事「[7-8]才色兼備」から続く→

黒光りするお墓の重厚な扉には、娘の名前と滝本の名前が、金色の文字で書かれていた――


彼が生前、末期がんでもう助からないと知ったときに、久美子の「一人用」のお墓を、自分も一緒に入れる「二人用」のお墓に、彼本人が買い代えたのだと、お寺の事務の女性が教えてくれた。

自分が死んだら、娘と一緒にお墓に入るよう、自ら決めて手配したのだ。

本望なのかもしれない…
最愛の一人娘の久美子と一緒に眠れるのなら、それが彼にとって本望なのかもしれないと感じた。

彼の人生は、久美子が自殺したときに、もう終わってしまっていたのかもしれない…


黒い朱塗りの扉を開けると、そこには娘の写真と、滝本の写真が二つ並んでいた。
その写真の奥に二つの遺骨が眠る。

誰が置いたのだろうか、彼の好きだったウイスキーのボトルが、写真の脇に供えてあった。

久美子が写真の中で、楽しそう笑っている。
滝本はいつものように、写真の中でも不機嫌そうにぶすっとしていた。


久美子と、滝本と、私…
そう、私たちはかって、三人家族だった。
かろうじてでも家族の“形”をしていて、やがてそれは崩れ去った。

私が求め続けた家族…
それが今、このような形で私の前にある…


涙をこらえきれなかった。

もっと、彼の内にあった“寂しさ”を、二人で分かち合いたかった…

もっと、妻の私に、ありのままに素直になって、愚痴をこぼしてほしかった…

もっと、彼の心の苦悩を聞きたかった…

だけど、彼は絶えず自分にむち打ち、強い家長であろうとした。

どうしょうもなく、どうしょうもなく、不器用人なのだ…


床にぽとぽと涙が落ちた。
悲しかった。
悲しくて、悲しくて、どうしようもなく悲しかった。

彼が突然死んでしまったという現実が、悲しかった。
私のことを、他人相手に自慢していたことを聞いて、悲しかった…

二人の遺骨の前で、私は泣き続けた。
涙が止まらない。涙が止まらないのだ…


そのとき私は、急に感じた――

この涙、この涙は…“絆”…
そう、これがまさに絆の感覚…
この感情は絆の証し…

これは、私がこれまでの人生を通じて求め続けてきた“家族の愛と絆”の涙なのだ…

やっと私は分かった。
幼いころからずっと探していた“家族の絆”というものが、本当にどのような感覚なのか――
私は今の強い悲しみを通じて、ようやくそれをはっきりと、自分のものとして感じることができた…


この感覚、家族のみんなを、自分の心のすべてで“愛しい”と感じる、この感覚…

これが家族の愛と絆。
私はやっとそれを、ここで見つけた。

そして今ここに、私たち三人の間に、絶えることのない“絆”が存在していることを――、私は胸の奥からありありと感じた。

三人の魂が一つになれた瞬間。
やっと、みんなが一つに…

生まれて初めて感じた、家族の絆の感覚。
ずっと心から求めてやまなかった、家族の愛。
それが、今まさにここにある。
私という存在の、最も大切なものとしてある――


いま私の目の前に、久美がいて、パパがいて、ママと呼ばれた私がいて…

その家族の絆を、このとき初めて感じて、涙がいつまでもいつまでも止まることがなかった…

→次の記事 第8章「[8-1]穏やかな顔」へ続く

<第7章 許しの光>

[7-8] 才色兼備

前の記事「[7-7]肺がん」から続く→

元夫の滝本は、久美子と同じお寺に埋葬されていると、彼の奥さんが言った。
それから間もなく、私は喪服を着て、滝本のお墓参りに出かけた――

一人娘の久美子が亡くなったとき、娘のお墓は、滝本が有無も言わさず一方的に決めた。
彼は、自分が住んでいるマンションのすぐそばに、久美のお墓を買った。


東京・港区にお墓はある。
この日は9月も下旬だというのに、かなり蒸し暑い日だった。
駅からお寺まで、登り坂の道が長く続く。
汗をぬぐいながら、やっとの思いでお寺に着いた。

久美子が眠っているお墓は、白い建物の中にある。
コインロッカーを大きく豪華にしたような、漆塗りの黒光りするお墓。
それがいくつも部屋の中にずらりと並ぶ、現代風の都会の墓地だ。


入り口の寺務所の中年女性に、滝本のお墓参りに来たと一声かけた。

すぐに彼女は、冷たい麦茶をお盆に載せ、事務所から出てきた。
「今日は暑いですねぇ、まず一服なさったらいかがですか。こちらにおかけになって、冷たいものでもどうぞ」

彼女はそう言うと、お墓の隣にしつらえてある応接セットのテーブルの上に、飲み物を置いた。

坂道をあえぎながら登ってきた私は、すっかリ喉が渇いていた。
ありがたく、まず冷たい麦茶をいただくことにした。

するとその女性も、私が座っている正面のソファーに腰を下ろした。
そして私が麦茶を飲み干すと、話しかけてきた――


彼女の話では、滝本は生前に娘のお墓参りに来たとき、いつも寺務所の彼女に、色々と思い出話をしていたそうだ。

「娘の久美子さんのことを、滝本さんは本当に心から愛していらっしゃいましたね」
「えぇ…」 私はうなずいた。

「アメリカで暮らしていたときのことなど、本当に楽しそうに話していらっしゃいました」
「そうですかぁ」 そうかもしれない、あのころが彼の人生で、一番輝いていたときなのだ。


そして彼女は、信じられない言葉を私に告げた――

「滝本さんは、久美子さんのお母さんを、それはとても素晴らしい方だと、おっしゃっていましたよ」
「えっ?」と、私は我が耳を疑った…

「元妻は本当に才色兼備だと、いつもよく話していらっしゃいました」
彼女はニコニコしながら私の顔を見て、確かにそう言った。


「そんなの嘘だ!」――
才色兼備だなんて、彼が私のことをそんなふうに思っているはずはないではないか。
そんなふうに考えているなんて、絶対に嘘だと思った…


「何か書き物のお仕事をなさっているのですよねぇ?」 と彼女は聞いてきた。
「えぇ、まぁそんなところでしょうか。我流の書の教室を開いたり、本を何冊か書いたりとか」

「そうでしたよねぇ。滝本さんは元奥様のことを、才能があって色々ご活躍だと、いつも感心されて褒めていらっしゃいました」

彼が私を褒めるなんて…、そんなの絶対にあり得ないと思った。

さらにその女性は、こう付け加えた。
「滝本さんはきっと、この私なら気兼ねなくどんなことでも話したいと思われたのでしょうかね。元妻のあなたのことを、本当に誇らしげに褒めていましたよ。滝本さんは、あのような非常にきちんとされた真面目な方ですから、いい加減な言い方は決してされないでしょう。本心から“才色兼備”だと感じていらしたのだと思います、私」


全然信じられなかった――
そんなことを、彼が人に話していたなんて、信じられない!

「才色兼備って、女性にとったら、まさに最高の褒め言葉ですよねぇ。素晴らしい才能があって、美しくって、すべてを兼ね備えている、そういう意味ですよね。本当にそう思っていたのだと思います。これ以上の褒め言葉ってありませんよねぇ」 彼女は言った。


私のことを、そんな言葉で表現していたなんて、やはりどう考えてもあり得ないように思えた…

そもそも結婚生活の中で、私は一度も夫から良く言われたことなどなかった。
来る日も来る日も怒鳴られ続け、仕事のストレスのはけ口にされた…

私が自分の考えを口にすると、「お前は学がない」などと、ひどくののしられた。
今で言えば、れっきとした“DV”だ。
私には、彼の愛などみじんも感じられない15年の結婚生活だった…


「本当に彼がそんなふうに言ったんですかぁ」… 私は、あまりにも信じがたかったので、念のため問い返してみた。

「はい、ハッキリとそうおっしゃっていました」
本当なのだろうか?…


でも、人は変わるのだ――
私自身も、自分で変化したことを感じている。

久美子が自殺をし、後に彼は再婚し、そして滝本は色々なことに気づき、そして変わっていったのだと思う。


そういえば、かつて娘の死後に、私が何かの用事で彼の携帯に電話したことがあった。
そのときに彼が最後にポツリとつぶやいた言葉が、今も耳に残っている。
彼は低い声で、こうつぶやいた――
「俺は…、馬鹿だから…」

まるで、自分をあざけるように、そう言ったのだ。
あんなに自信に満ちて強気な彼が、そんなことを口にするなんて――、私にとっては驚き以外の何ものでもなかった。
彼のその一言を、私は信じられない気持ちで耳にした。

「俺は…、馬鹿だから…」
このわずなか言葉の中に、彼のこれまでの深い苦悩と後悔の念、私に対する申し訳なさのような気持ちを感じ取った…


寺務所の女性が私に伝えてくれた、彼が口にした「才色兼備」という言葉――
私は生まれて初めて、夫に認めてもらえた気がした。


心の底から私は嬉しかった。
でも、どうしょうもなく心の底から悲しかった。

「遅すぎる…!」

彼はそんな言葉を、臆面なく他人に言えるようになるまでに、ここまで来るようになるまでに――、これほどの体験と時間が必要だったのだ…


実を言うと、彼の死の数週間前、私の携帯に滝本からの着信歴がいくつか残っていた。
彼からの留守電も入っていた。
再生すると、1分ほどの無言が続き、プッと電話が切れた。

そのとき、まさか彼が末期のがんでもうすぐ亡くなろうとしていたなんて、想像さえしなかった。
彼は死を間近にして、どんな気持ちで私に連絡を取ろうとしていたのだろうか…

私は、奥さんがいらっしゃる手前、こちらから電話をすることをあえて控えていた。


自分の死が目前に迫っていたとき、滝本が私に連絡をしてきたという事実。
彼は最後に、何かを私に言いたかったのだ――

「私に詫びたがっている…」 そんな気がふと頭をかすめた。

→次の記事「[7-9]三人の魂の絆」へ続く

滝本さん プロフィール

滝本洋子

Photo: 2018年10月「グッドストック東京ライブ」より
 
―1970年代初め、フォーク歌手・中村洋子として活動。

 東京生まれ。渋谷のライブハウス ジァン・ジァンや各地のコンサートなどでライブ活動をする。ミッキーカーチス作詞作曲「風船」(クラウンパナムレコード)でメジャーデビュー。荒木一郎作詞作曲「あなたのいない夜」(CBSソニーレコード)その他などでもレコードを発売。
 TBSテレビドラマ「赤い靴」主題歌(岩谷時子作詞、三沢郷作曲)、TBSテレビワイドショー「3時にあいましょう」エンデングテーマソング「午後のささやき」(阿久悠作詞、戸倉俊一作曲)なども歌う。
 ギンザナイトナイトなどのテレビ番組に多数出演。坂本九が歌う「独り暮らし」(東芝レコード)の作詞なども手がける。

 著書に『きんたろうあめ』(三五館)、『あなたのまんまで素敵』(宙出版)、大人の童話『ジュンと帽子とぬいぐるみ』(ゴマブックス)など。

 近年は、魂の声を墨文字で描く我流の書「我書アート」を考案し、ワークショップショップを各地で主催。多くの人々の気付きのサポートを行っている。墨で描くオリジナルのコンシャスアートを個展や雑誌などで発表。

 メールマガジン、滝本洋子の「大きなわたしと小さな私」を、2003年から現在も配信中。



滝本洋子ホームページ(自分を愛するお手伝いサイト)
我書アートホームページ (滝本洋子創設ワークショップサイト)
Yoko Takimoto Conscious Art(英語版動画)
前向きに生きる会ホームページ(自死遺族のためのサイト)


※滝本久美子著書「私、たたかう中学生」(ロングセラー出版、1996年発売)重版される。
 アメリカからの帰国子女である著者は、登校拒否を続けながら日本の学校教育の理不尽さとおかしさを中学生の視点から綴り、当時14歳の書いた本としてマスコミなどで話題になる。
 朝日新聞中学生ウイークリーに1年間滝本久美子のエッセイ掲載。アメリカ・カリフォルニア日本語放送テレビ番組でも、2日間にわたり紹介された。

もくじ
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